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第173話 焼かれる前に

Penulis: 花柳響
last update Tanggal publikasi: 2026-08-30 06:00:50

 本家へ向かう車の中で、誰も大きな声を出さなかった。

 街灯の光が、走る車内を一定の間隔で横切った。

 高瀬さんは助手席で通話を二本入れた。ひとつは榊家の法務部へ。もうひとつは、廃棄物処理業者の登録番号を調べるための確認だった。名前を出さず、事実だけを短く並べる声は、湿った夜の中でも少しも揺れない。

「朝霧様」

 通話を終えた高瀬さんが、振り返らずに言った。

「先に確認します。私たちは、如月家の書庫に強制的に入ることはできません」

「続けてください。ここは手順を外したくありません」

「琴美様が立ち会いを認めるなら、共有部分の物品確認はできます。ただ、会社書類や第三者の個人情報が混じる可能性があります」

「現場では、まず箱と周囲の状態を確認します」

「触る前に撮影、開ける前に状態確認。持ち出すなら、所有者か管理権限のある方の同意を取ります」

「同意がなければ」

「その場で保全要請を出します。廃棄された場合は、廃棄の事実も含めて記録します」

 淡々としている。
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    「共有の居住空間に置かれており、琴美様が確認を希望されるのであれば、開封時の状態を記録した上で確認します。持ち出しについては別途確認します」 隆一は返事をせず、抱えていた箱を床へ下ろした。「……ここで確認します」 琴美さんは書庫の脇に置かれていた裁ちばさみを手に取った。 段ボールと古紙の湿った匂いが、鼻の奥に残った。 手が震えている。 見ていられず、私が言った。「無理なら、私が」「いいえ」 琴美さんは首を振った。「私が、見なきゃいけないの」 小さな刃が、ビニール紐に当たる。 ぱちん、と乾いた音がした。 その音で、隆一の顔から何かが抜けた。 父でも、経営者でもない。 隠していた人の顔だった。 箱の蓋が開く。 中には、茶色い封筒と、古いファイルが重なっていた。湿気を吸った紙の匂いが、ゆっくり廊下へ広がる。病院の匂いではない。長い間、誰にも開かれなかった場所の匂いだった。 高瀬さんが手袋を出す。「直接触れないでください」 琴美さんが頷く。 私は手袋を受け取った。薄い素材が指に張りつく。指先の感覚だけが遠くなる。 一番上の封筒には、黒い文字で日付が書かれていた。 二十四年前の六月。 その下に、白桐産院、葛城静司、如月隆一の名前。 封筒に並んだ三つの名前を、順に読み直した。 高瀬さんが、淡々と読み上げる。「白桐産院関連資料。写し。封筒表面に、葛城静司氏、如月隆一氏の記載あり。開封します」 封筒の端には、何度か開けた跡があった。誰かが以前にも中を見ている。 隆一の視線が封筒から外れない。見ているのに、読んでいない顔だった。紙の中身ではなく、その紙がまだ存在していること自体に負けた顔。 琴美さんが、小さく息を吸った。泣く前の音ではない。何かを知ってしまう直前、人が自分の体を支えるために吸う息だった。 誰かが、何年か前にもこの中を見ている。そう思った瞬間、隆一の視線が封筒の端から動か

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